約700万年前 猿人:アフリカに現れる
氷河時代
約200万年前 原人:打製石器
約20万年前 新人(ホモ・サピエンス):火や言葉を使う
エジプト文明:ピラミッド
旧石器時代・・・打製石器を使い、狩猟・採取での生活
岩宿遺跡(群馬)
縄文時代(新石器時代)・・・「縄文土器」に由来。竪穴住居に住み、磨製石器を使う。
三内丸山遺跡(青森)
土偶
土器
竪穴住居
貝塚:食べ物の残りかすなどが積もってできた遺跡
前16世紀 殷 古代王朝 青銅器、甲骨文字を残す
青銅器:主に祭りに用いられた金属器
前11世紀 周 建制度で中国北部を統治
ギリシャ文明:都市国家(ポリス)
ローマ(共和制)→ローマ帝国
前5~4世紀 ヒンドゥー教(インド):多神教
前4~3世紀 日本に稲作が伝わる
前2世紀 ユダヤ教(パレスチナ地方):ヤハウェを唯一の神とする
前330 マケドニアの王のアレクサンドロス大王がペルシア帝国(オリエント)を滅ぼす
→オリエントとギリシャ文明が融合しヘレニズム
オリンピック
ハンムラビ法典(楔形文字)
前770 春秋戦国時代
儒教(孔子)
釈迦が仏教を開く(インド)
前221 秦 始皇帝が初めて中国統一。万里の長城を築く
弥生時代・・・「弥生土器」に由来。稲作が始まる。
吉野ヶ里遺跡(佐賀)
登呂遺跡(静岡)
銅鐸
石包丁
高床倉庫:米を湿気やネズミから守るため
前202 漢 儒教
ローマ帝国とシルクロードを通して交易
前37 高句麗がおこる
前4 イエスが生まれる→教えを弟子らが聖書にまとめ、キリスト教
弥生 57 こんな金印欲しかった
倭の奴国の王が後漢に使いを送る
弥生 239 文くださいね、卑弥呼より
邪馬台国の卑弥呼が魏に使いを送る
魏志倭人伝(三国志の中の魏に関する部分)
邪馬台国では以前は男の王を立てていたが、戦乱が続いたので一人の女を王とした。その名を卑弥呼といい、神に仕え、まじないによって人々を従えている。
古墳時代・・・渡来人が伝えた「須恵器」高温で作られ薄くてかたい。前方後円墳(大阪の大仙古墳)
埴輪
古墳 4世紀
大和政権(ワカタケル大王)の統一が進む
資料:この鉄剣が稲荷山古墳から出土したことはどのようなことを意味しているか。
→大和政権の支配が東国まで及んでいたということ。
飛鳥文化・・・仏教を中心とした文化
大宰府(福岡):九州の政治経済・軍事・外交を司る役所
富本銭発行開始
飛鳥 538 百済の仏にご参拝
仏教が日本に伝わる
隋 581 怖い隋
隋がおこる
飛鳥 593 コックさんだよ聖徳太子
聖徳太子が摂政になる
飛鳥 604 群れよ人々、憲法発布
十七条の憲法制定
一に曰く、和をもって貴しとなし、逆らう事無きを宗とせよ。
ニに曰く、あつく三宝を敬え。三宝とは仏、法、僧なり。
家柄にとらわれず、才能や功績のある人物を役人に取り立てる制度
飛鳥 607 群れなす遣隋使
小野妹子ら遣隋使派遣
イスラム教:ムハンマドが神アッラーのお告げを受け開く:聖典(コーラン):唯一神アッラーへの絶対的な服従
飛鳥 645 蘇我氏を蒸し殺し そがのいるか
大化の改新 中大兄皇子・中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺
→公地・公民:それまで豪族が支配していた土地と人々を、国家が直接支配すること
→班田収授法:6歳以上の全員に口分田を与え、死後は国に返す
飛鳥 663 ムッ無残!唐に大敗、白村江
白村江の戦い 日本・百済(敗) vs 唐・新羅(勝)
飛鳥 694 ロック呼んでよ、持統天皇
藤原京(奈良)
飛鳥 672 無難に乗り切る壬申の乱
壬申の乱 天智天皇の跡継ぎ 大友皇子(敗) vs 大海人皇子(勝)
飛鳥 701 なれ1番の律令国家に
大宝律令の制定 中央集権国家の唐の律令を参考
天平文化・・・唐の影響を受けた国際色豊かな文化
奈良 国司(諸国を治めるために設置された役職)
郡司(地方豪族が代々受け継ぐという世襲制の役職)の設置
東大寺
定期市
問:港津や都市に住んで貨物の保管,輸送,販売に携わった商人
和同開珎:唐を参考
奈良 710 なっとうねばねば平城京
平城京(奈良)に遷都 唐の長安の都を参考 律令国家の成立
奈良 712 なぁいつ完成するの?古事記
古事記の編纂 現存最古の歴史書
奈良 720 何を書こうか日本書紀
日本書紀の編纂 歴史書。日本初の正史
奈良 743 制限なしさ、墾田永年私財法
墾田永年私財法:墾田を永久に私有地とすることを認める
→公地・公民の原則が崩れていった:貴族・寺社が周りの農民を使って開墾を行い、私有地を広げていったから
奈良 743 予算はなしさ、国分寺・国分尼寺
聖武天皇が国分寺・国分尼寺を建立:数々の災難を仏教の力で消滅させて国家を守るため。
奈良 752 軟骨ラーメン食べてお祝い 東大寺大仏開眼
聖武天皇が東大寺を建立(東大寺大仏開眼供養)
奈良 754 泣こうよやっと来日
鑑真来日:唐招提寺を都に開く:盲目の僧
奈良 756 大切に保管したい、そんな頃
聖武天皇が正倉院(校倉造)を建立
奈良 784 悩んで世のため長岡京
長岡京(京都)に遷都 桓武天皇の命
平安 794 泣くようぐいす平安京
平安京へ都を移す
平安 806 晴れろ比叡山延暦寺
最澄が天台宗を開く(比叡山延暦寺)
平安 816 真言宗入る?
空海が真言宗を開く(高野山金剛峰寺)
平安 894 白紙に戻す遣唐使
遣唐使を廃止する 菅原道真の命 →国風文化
国風文化・・・貴族によって生み出された、唐風の文化を踏まえながらも日本の風土や生活にあった文化
平等院鳳凰堂:寝殿造り
古今和歌集:紀貫之らが編纂
平家物語(作者不詳)(軍記物語)を盲目の僧、琵琶法師が弾き語る
源氏物語(紫式部):長編物語、小説
枕草子(清少納言):日本最古の随筆
平安 935 くみこが好きな将門くん
平将門の乱
平安 939 苦策兵上げ、失敗す
藤原純友の乱
宋 960 黒く丸めて宋おこる
宋 中国統一
平安 1016 今の色、望月の色
藤原道長が摂政となる
娘を天皇のきさきにして、その子どもを次の天皇にして、摂政・関白の職について、政治の実権を握った。
有力な農民の中には、盛んに土地の開発を進め、藤原氏などの有力な貴族に所有地を寄進し、土地の管理者である将官に任命されることによって、力をのばすものが現れた:国司からの税を逃れるため。
平安 1053 人ごみあふれる鳳凰堂
藤原頼通が宇治(京都)に平等院鳳凰堂を建立
極楽浄土:念仏を唱え、阿弥陀如来にすがって、死後に極楽浄土に生まれ変わることを願う信仰
平安 1068 藤原氏ひるむわ
藤原氏と関係のうすい後三条天皇が即位→藤原氏の摂関政治の力は衰えていった
平安 1086 一応やろう院政を
白河上皇の院政が始まる
平安 1096 十字軍、聖地目指して十字組む
十字軍の遠征(中世に西欧カトリック諸国が、聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍のこと)
平安 1124 金色堂にいい西日
奥州藤原氏が中尊寺金色堂を建立
平安 1156 清盛が力をつけるいいころだ
保元の乱 鳥羽法皇の死がきっかけ。上皇側&武士団(源為義・平忠正ら)(敗)vs 天皇側&武士団(源義朝・平清盛ら)(勝)
→武士団が進出するきっかけとなった。
平安 1159 人々ご苦労、平治の乱
平治の乱 保元の乱の勝者である源義朝と平清盛が争い、平家が源氏を倒した
平安 1167 ヒール(悪役)な清盛、太政大臣
平清盛が太政大臣に
平清盛:厳島神社(広島の世界遺産)を熱く信仰
鎌倉・・・武士の気質を反映した素朴で力強い文化
守護(源頼朝が日本各地の治安を守るという理由で朝廷の許しを得て設置)(任命された国内の御家人の監督)
地頭(武士の中から任命)の設置
御家人・・・将軍と主従関係を結んだ武士
御恩と奉公・・・将軍は御恩として御家人の以前からの領地を保護したり、新しい領地を与えたりし、御家人は、奉公として将軍に忠誠を誓い戦った。
分割相続→御家人は、領地の分割相続により生活が苦しかった上に、奉公に対する御恩が十分にもらえなかったため幕府に不満をつのらせていった。
牛や馬を使った耕作や鉄製の農具、かんがい(水路を作って田畑に必要な水を引き、土地をうるおすこと)の技術の進歩、稲作と畑作の二毛作、草木灰の肥料
鎌倉 1173 いい波越えて日宋貿易
日宋貿易(平清盛)
鎌倉 1175 いいな極楽、法然さん
法然が浄土宗を開く
鎌倉 1182 いいやつを集めて頼朝兵をあげ
源平合戦 源氏と平氏の争い
鎌倉 1185 良いはこの味壇ノ浦
壇ノ浦の戦い 平氏(敗)vs 源氏(勝)
人々は御家人
守護・地頭の設置
鎌倉 1189 いい薬で死ね藤原氏
奥州藤原氏の滅亡(奥州合戦)
鎌倉 1192(1185) いい国作ろう鎌倉幕府
鎌倉幕府の成立(源頼朝)
鎌倉 1206 いじれる英雄、元の建国
チンギス・ハン、モンゴル統一
鎌倉 1215 いつ行こうマグナ・カルタ
マグナ・カルタ(イギリス)
絶対王政→法の支配:立憲主義
いかなる自由民も、正当な裁判または国の法律によらなければ、逮捕や監禁をされたり、土地をうばわれたり、法による保護をうばわれたり、国外に追放されたり、その他の方法によって権利を侵害されたりすることはない。
鎌倉 1221 いつ不意を突かれるか承久の乱
承久の乱(後鳥羽上皇)→六波羅探題(朝廷の監視や西国の御家人の統括)(京都)
鎌倉 1232 裁判をいつ見に行こう御成敗式目
御成敗式目の制定
一 諸国の守護の職務は、源朝公の時代に定められたように、京都の御所や警備と、謀反や殺人などの犯罪人の取り締まりに限る。
一 武士が20年の間、実際に土地を支配しているならば、その権利を認める。
鎌倉 1274 時宗の悲痛な呼びかけ文永の役
文永の役元寇
鎌倉 1276 踊って火になろう
一遍が時宗を開く:踊念仏
鎌倉 1281 集団で、人に矢を射る弘安の役
弘安の役:集団戦法を用い、火薬を使った武器で戦った
鎌倉 1283 皮膚屋さん
運慶らによって金剛力士像が建てられる 東大寺(752)南大門
鎌倉 1297 人に苦難
(永仁の)徳政令:幕府の支配を支えていた御家人が領地の分割相続によって生活が苦しくなっていたため、幕府は永仁の徳政令を出し、借金を帳消しにして御家人を救おうとしたが、かえって社会を混乱させた。
南北朝時代
南北朝 1333 遺産さんざん鎌倉幕府滅亡
鎌倉幕府滅亡(足利尊氏・後醍醐天皇)
南北朝 1334 いざ見よ、建武の新政を
建武の新政(後醍醐天皇)
南北朝 室町 1338 いざ都で幕府を開こう
室町幕府の成立(足利尊氏)
室町 管領(将軍の補佐役)の設置
明 1368 元くんをいざ牢屋に入れて明おこる
明 中国統一
室町 1392 いざ国まとめよう南北朝統一
南北朝統一(足利義満)
定期市の拡大:明銭が使われる
農村の団結(惣:自治的な組織、土一揆:土倉や酒屋などを襲い、借金の帳消しなどを求める)
惣おきて
・寄合に二度出席しなかった者は、罰金五十文を払う。
・村内に保証人がいなければ、よそ者を村内に置いておくことはできない。
・村の共有地と私有地の境界争いは、金銭で解決すべきである。
北山文化・・・公家文化の影響を強く受けた優美で華やかな文化
能(観阿弥・世阿弥)
室町 1397 意味ないんだな金閣寺
足利義満が金閣寺(京都)を建立
室町 1404 いーよ押してけ勘合を
勘合貿易(日明貿易)(足利義満)
理由:正式な貿易船と倭寇とを区別するため。
→明銭が広まる
室町 1428 必死にやるぞ!土一揆
正長の土一揆
資料:百姓たちが借金帳消し(徳政令)を求めた。
土一揆・・・民衆たちが、権力者(幕府や有力大名・寺院など)に対して自らの要求を飲ませるために起こした暴動のこと
東山文化・・・公家と武家の文化が溶け合った簡素で深みのある文化 1436~
狂言・・・能の間に演ずるこっけいな喜劇
書院造 茶の湯、生花
水墨画(雪舟)
連歌・・・数人で和歌の上の句と下の句を交互に読み、連ねていく文芸
御伽草子
下剋上:実力のあるものが、力をのばして上の身分の者に打ち勝つ風習
室町 1467 人よ、むなしい応仁の乱
応仁の乱:農民や武士が、守護大名にかわって、自治を行うようになった。
室町 1482 石は煮るな!銀閣
足利義政が銀閣(京都)を建立
室町 1488 意志羽ばたく浄土真宗
一向一揆
室町・1492 いーよこの国コロンブス
大航海時代
コロンブスアメリカ大陸発見
・1498
バスコ・ダ・ガマがインド航路発見:イスラム商人を通さずに、アジアの香辛料を手に入れるため。
・1519
マゼラン艦隊が世界一周
室町 1517 以後、否(いな)とはいわせぬカトリック
ルター、カルバンの宗教改革
室町 1543 以後よさんか鉄砲伝来
種子島に鉄砲伝来(オランダ)
室町 1549 以後よく来る宣教師
キリスト教伝わる→キリシタン大名→絵踏み(踏まれるのは踏み絵)
室町 1556 以後ゴロゴロ
分国法:戦国大名それぞれが領国経営をするために制定した法律
室町 1573 以後涙の室町幕府
室町幕府滅亡
★★★★★4/5 素晴らしい!
2022年3月3日に日本でレビュー済み
Anazonで中古で購入(少々傷あり)
この年表のおかげで、社会得意人間になっていいました。
本当にありがとうございました。
欠点は、素晴らしすぎるところだ。
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